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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(あ)710号 判決 1971年10月14日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人木戸和喜男、同木戸光男の上告趣意第一点は、憲法一四条一項違反をいうが、原審で主張判断を経ていない事項に関するものであり、同第二点は、判例違反をいうが、引用の判例は事案を異にして本件に適切でなく、同第三点は、事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、第一審判決は、罪となるべき事実として、

「一 被告人は、昭和四二年一月四日午後三時一五分ころ、普通貨物自動車を運転して、川口市北町二丁目一五二番地先にある京浜東北線線路の東側と西側とを結ぶ通称西川口陸橋上の幅員約9.6メートルの取付道路を、川口市並木町方面から同市仁志町方面に向け、時速約三五キロメートルで西進し、右陸橋西端にある、右陸橋取付道路とその南北両側にこれと並行してはしる幅員各約6.2メートルの道路とが、東西約四三メートルにわたつて交わる交通整理の行なわれていない変形交差点において、同交差点で前記陸橋北側の併行道路へUターンをする形で進入するため、車両の回転軸を中心とすれば、ほぼ一八〇度となるような右折をすることとなつた。

二 当時右陸橋上の道路および交差点内には、他に通行する車両は存在しなかつたし、右陸橋取付道路の幅員は前掲のとおり約9.6メートル(片側約4.8メートル)あり、かつ出口より西側交差点内の道路総幅員は約22.7メートルでかなり広くなつているけれども陸橋の頂上から西側下端出口までは、右へ孤を描くゆるい曲線をなしており、その左右両側には、出口の端まで、基底部の幅約0.35メートル、高さ約0.85メートルのコンクリート製下部の上に鉄製パイプの手摺り部分を載せた高さ約1.2メートルの欄干が設置されてあるため、陸橋を下つてくる車両からみると、出口はかなり狭ばまつて見えるので、先行する車両が、たとえ道路中央線付近を進行していたとしても、その左側を通常の速度で通過することはかなり困難であると予想される道路状況にある。

その上、被告人は、車幅約1.695メートル、車長約4.690メートルの車両で、この交差点を一八〇度右折するのであるから、九〇度右折すれば足りる通常の交差点における右折に比し、前掲のような各道路の幅員状況においては、その速度とハンドル操作とに技術上の困難を伴うことが予想される右折である。

三 被告人は右陸橋出口(交差点入口)より約七〜八〇メートル手前で右折の合図をしたが、それより前、交差点入口より約八〜九〇メートルの地点で、後方約七〇メートルの地点に、自車と同方向に進行してくる米沢延治運転の小型四輪貨物自動車を認めた。右米沢の車両は車巾約1.69メートル、車長約4.33メートルであるところ、被告人が自車を時速約二〇キロメートルに減速しつつ陸橋出口より約十数メートルの地点に達した際には、右米沢の車両は、被告人車両の右斜後方約十数メートル付近に、かなりの高速で接近しつつあるのを認めた。

四 このような後続車両の状況を認識しており、このような道路状況の下で、このような交差点を一八〇度に右折しようとする自動車の運転者としては、道路の総幅員が約二二メートルに広くなつている交差点内に、後続車において自車の左側を通過できる余地あるまでに前進して、右折を開始するかもしくは後続車の通過をまつて、右折するなどして、後続車との衝突による危険の発生を未然に防止し、もつて他人に危害を及ぼさないような方法で安全に運転すべき注意義務があるのにこれを怠たり後続する米沢運転の車両が自車に接近する前に右折し終るものと軽信して交差点入口(陸橋出口)から約2.1メートル交差点内に進入した地点で右折を開始した過失により、被告人車両との衝突による危険を避けようとして急ブレーキを踏みつつ右へ避譲の措置を講じた米沢運転の車両の左前部を、自車右側部ドア付近に衝突せしめて、もつて過失により道路、交通及び当該車両、後続車両等の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような方法で運転しなかつたものである。」

との事実を認定判示し(なお、弁護人の主張に対する判断の中に、被告人の右折開始地点はは中央線から1.6メートル左寄りの地点であり、右地点が被告人の運転席の位置であるとすれば、車両右側から中央線までにはほぼ一メートルくらいの間隔があつたと認めるのが相当であるから、被告人の車両は道路の中央線に寄つていなかつたと認める旨の判示がある。)、右事実は道路交通法七〇条、一一九条二項、同条一項九号のいわゆる過失による安全運転義務違反の罪にあたるとして、被告人を罰金千円に処した。

被告人側の控訴に対し、原判決は、被告人の運転していた車両は普通乗用貨物自動車ではなく、小型四輪貨物自動車であつたこと、被告人は右折の合図後別段道路の中央に寄ることなく、センターラインより左方約一メートルのあたりを直進したこと、米沢運転の車が被告人運転の車の後方から接近した速度は時速四五キロメートル前後と推認されること、第一審判決が陸橋の右方へのゆるやかなカーブと、その両側に設置されている欄干との関係から陸橋の出口がかなりせばまつて見え、「先行する車両が、たとえ道路中央線付近を進行していたとしても、その左側を通常の速度で通過することはかなり困難であると予想される道路状況にある。」と判示している点は必ずしもこれを肯定できないこと、その他本件のような変形交差点を右側道路へほぼ一八〇度の角度で右折しようとする場合には、第一審判決のいうように「その速度とハンドル操作とに技術上の困難を伴うことが予想される右折である。」かどうかは別として、第一審判決が認定判示した事実は優に肯認できるとし、被告人は第一審判示の過失により道路交通法所定の安全義務に違反したものといわざるをえないとして、第一審判決を認容維持した。

すなわち、本件第一、二審判決は、ともに右認定の事実につき被告人を過失により道路交通法七〇条(安全運転の義務)の規定に違反した者として同法一一九条二項、同条一項九号の規定を適用処断しているのである。そして同法七〇条は「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」と規定している。それ故同法一一九条二項により過失による安全運転義務違反として処断するためには、過失によつて、「他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した」事実を確定しなければならない。踏切の直前で停止せず、かつ、安全であることを確認しないで車両を運転して踏切に立ち入り、列車と衝突して列車に乗つていた人を死傷に致した場合には、過失致死傷の罪が成立することは論をまたないけれども、一方踏切直前で停止せず安全を確認しないで進行した点で道路交通法三三条違反の故意犯(同法一一九条一項二号の罪)が成立するのであつて、この場合過失による同法三三条違反の罪(同法一一九条二項の罪)が成立するものではない。踏切直前で停止せず、安全を確認しないで進行した行為は、一面においては、過失致死傷罪の構成要件である過失の内容をなすから、過失致死傷罪を構成するのであるけれども、踏切直前で停止せず安全を確認しないで進行したとの行為は、それ自体故意による道路交通法三三条違反の罪を構成する。過失による同法三三条違反の罪が成立するためには、前方注視義務を怠つたため、踏切のあることに気づかず、その直前で停止せず、安全を確認しないで進行したというように、停止せず安全を確認しないこと自体について過失が存することを要する。このことは同法七〇条(安全運転の義務)違反の罪についても同様である。

原判決が維持し第一審判決が認定した事実によれば、被告人の安全運転の義務違反についていかなる過失が存したか確定されていない。被告人の運転する車両と被告人の後から進んできた米沢運転の車両とが衝突したという事故は被告人もしくは米沢の過失によつて発生したものかもしれず、あるいは被告人に安全運転の義務に違反した行為があつたと仮定すれば、これが右衝突事故発生の原因と考えられないことはないけれども(しかし過失により他人の車両〔器物〕を損壊した所為はなんら罪とならない。)、これをもつて直ちに被告人の右安全運転義務違反が過失によるものということはできない。したがつて、なんら過失にあたる事実を確定することなく被告人に対し過失による安全運転義務違反の罪責を問い道路交通法一一九条二項、同条一項九号を適用した第一審判決およびこれを維持した原判決は、法律の解釈適用を誤つた違法があるか、または、理由不備ないし審理不尽の違法があるものといわなければならない。

次に故意か過失かの点はさておき、被告人は他人に危害を及ぼすような速度と方法によつて運転したものであつたか否かにつき按ずるに、第一審判決および原判決の前示判示により明らかなように、本件は、被告人が川口市並木町方面から同市仁志町方面に向かう通称西川口陸橋に接続する幅員9.6メートルの取付道路を仁志町方面に向かつて下降しこの取付道路がその南北両側にこれと並行して水平に走る幅員各6.2メートルの各市街路と合して幅員22.7メートルの水平道路となつた地点(第一、二審判決にいう陸橋出口)(別紙図面参照)より2.1メートル前進した地点において取付道路北側の市街路に進入するため判示にいわゆる一八〇度右折しようとしたとき被告人の後方から進行してきた判示米沢運転の小型四輪貨物自動車と衝突したという事案である(右取付道路が水平道路と合する地点を第一、二審判決は交差点と解しているが、右の地点は道路交通法二条五号にいう交差点にあたるものとは解せられない。)。しかして、およそ右折しようとする車両の運転者は、その時の道路および交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な右折準備態勢に入つたのちは、特段の事情がないかぎり、後続車があつても、その運転者において交通法規に従い追突等の事故を回避するよう正しい運転をするであろうことを信頼して運転すれは足り、それ以上に周到な後方の安全確認をつくして後続車の追突を避けるよう配慮すべき注意義務はないものと解するのが相当である(昭和四四年(あ)第一八三三号同四五年九月二四日第一小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三八〇頁参照)。

これを本件についてみると、第一審判決の前記判示によれば、本件道路および現場付近には当時被告人の車と米沢の車以外に通行する車両はなく、被告人は陸橋出口より約七〜八〇メートル手前で右折の合図をし、時速約二〇キロメートルに減速しつつ進行し、陸橋出口から約2.1メートル進入した地点で前示右折を開始したというのであるから、その右折準備態勢に特段の落度はなく、後続車の運転者米沢延治が前方注視義務を怠りさえしなければ容易に追突等の事故を回避できたものであることがうかがわれる。

第一審判決は前記のように弁護人の主張に対する判断として、被告人の車両右側から中心線までにはほぼ一メートルくらいの間隔があつたと認められ被告人運転の車両は道路中央線に寄つていなかつたと認めるのが相当であると判示しているが、本件陸橋取付道路の幅員は約9.6メートル片側約4.8メートルであるのに、被告人運転の車両の幅員は1.695メートルであること、および当時本件道路および現場附近(第一、二審判決のいわゆる交差点内)には被告人運転の車両および米沢運転の車両以外の車両は存在しなかつたという当時の本件道路および交通の状況に徴すれば、仮に被告人運転の車両は道路の中央線に寄つていたものといえないとしても、後続の米沢に前記義務違反さえなければ本件衝突は発生しなかつたものと解せられるから、右衝突につき被告人を非難することはできない。

してみれば、本件において、被告人が他人に危害を及ぼすような速度と方法で本件車両を運転したというためには、本件当時被告人に後続車両との衝突を避けるため特に後方の安全を確認すべき義務を負わせるのを相当とするような特段の事情が存したのに被告人が後方の安全を確認しないで本件行動に出たというような何人においても衝突事故発生の危険を感ずる状況の存することが必要である。しかるに、第一審判決およびこれを維持した原判決は、本件当時被告人に後方確認の義務を負わせるのを相当とするような特別の事情の存否については何ら確定していないのであるから、原判決にはこの点においても審理不尽の違法があるといわなければならい。

なお本件事故の場所が交差点ではないとし、被告人の本件所為は正確には右折ではなく、道路交通法二五条の二にいう転回にあたるとしても、右の結論に差異を来さない。何となれば右に転回するときの合図の方法およびその時期は右折の時と同じである(道路交通法施行令二一条参照)からである。

原判決には以上の各違法があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認め刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一)

上告趣意

第一点、原判決は憲法の違反があり、その違反が判決に影響をおよぼすことが明らかであり、原判決は破棄されなければならない。

憲法第一四条第一項は国民はすべて法の下に平等であつて、立法その他国政の上で差別されないと規定し、同条項は正に国家し一切の国家作用において国民の平等取扱の義務を負わしめたものである。その平等な取扱とはいうまでもなく人間性を尊重する個人主義的、民主主義的理念に照して合理的である取扱と解しなくてはならない。そこで本件の公訴提起に当つての検察官の起訴便宜主義に基く訴追裁量権が前記の合理性に該当するかどうか考察するに、

一、本件後続車運転の米沢延治には(一)被告人の右折の合図の見落し、(二)本件交差点内に進入する際の速度の出し過ぎ、(三)車間距離の保持違反、(四)先行者の動静注意違反、(五)交差点における追越し違反(もつとも原判決は米沢車が被告人車を追いつき、追い抜こうとする態勢をとつていたと認定している。しかしこの認定は明らかに誤りである。

何故ならば被告人車が右折を開始した際米沢車は被告人車の直後を進行していたのであつて、追い抜きの態勢に入つていなかつたのである。これは後述の如く誤つた認定ではあるが、仮りに原判決認定の如く被告人車が、道路中央より約一メートル左寄りに進行し、米沢車がその斜め右後方を進行していたとしても、その車幅約1.69メートルの米沢車が被告人車を追抜くことはセンターラインを超えて進行する違反をおかさない限り到底不可能である。従つて原判決のこの点に関する認定は明らかに誤りである。)

(六)先行車に対しての合図違反、などの落度があつた。

二、他方被告人においては、(一)本件交差点入口から約七〜八〇メートル手前の地点で右折の合図をした。(二)進行道路の中央に寄り進行した。(もつとも原判決は別段道路の中央に寄ることなく、センターラインより左方約一メートルのあたりを直進したと認定しているが、これは捜査の段階における被告人の供述調書の記載を証拠としてのことであつて、右記載の誤りであることは第一審より被告人の主張するところである。尚原判決は当時、被告人車が本件道路のセンターライン寄りを進行し、米沢車が被告人車のまうしろに追随していたとすれば、被告人がハンドルを右切することによつて、かえつて米沢車の進路はあくわけであるから、米沢としては、ことさらに被告人車の後を追つて、自車のハンドルを右切する必要は少しもないわけであつたとして、あくまでも被告人車が中央寄りに進行していたことを否定している。しかし右の判断は米沢車が被告人車の右切の合図を認めつつ適当な速度で、しかも適当な車間距離を取つて進行していたこと等すなわち正常な運転であつたことを前提とするならば説得力もあるが、米沢車は前記右折の合図も認めず、かなりの高速で、適当な車間距離もとらずして進行していたのであるから、必ずしも前記判断が正当とは考えられない。米沢は被告人車の右折開始を至近距離で認め、追突を避けようとして夢中でハンドルを右に切つたか、またはハンドルを右に切り被告人車を追越して衝突をさけようとしたのではあるまいか、)

三、被告人は右折の合図通り本件交差点内において右折したままであつて、しかも当時の状況はセンターライン寄りに徐行の上進行していた被告人車のまうしろに高速度で適当な車間距離をとらず追随していた米沢車を認め、そのまま直進あるいは停車すれば米沢車の追突をさけ得られなかつたため、右のハンドルを切つたのである。

従つて原判決認定の如く被告人に諸種の注意義務を課するのはその妥当性を欠くものというべきである。そこで検察官が被告人のみを公訴し、明らかに注意義務に違反したと認められる米沢を不起訴処分に付したことは正に検察官の訴追裁量権の濫用であり、引いてはその公訴権の濫用といわざるを得ない。

よつて被告人は憲法第一四条で補償されている合理的な取扱を受けていない結果となるから、右条項に違反する原判決破棄を免れない。

第二点、原判決は最高裁判所の判例に違反し、判断遺脱の違法がある。

一、最高裁判所(昭和四二年一〇月一三日判決、昭和四一年(あ)第一八三一号)は車輛の運転は互に他の運転者が交通法規に従つて適切な行動に出るであろうことを信頼して、運転すべきものであり、そのような信頼がなければ、一時といえども安心して運転することはできないものである。そしてすべての運転者が交通法規に従つて適切な行動に出るとともに、そのことを互に信頼し合つて運転することになれば事故の発生が未然に防止され、車輛等の高速度交通機関の効用が十分に発揮されるに至るものと考えられる。したがつて、車輛の運転者の注意義務を考えるに当つては、この点を十分に配慮しなければならないわけであるとして所謂信頼の原則を認めている。そこで本件においても前述の如く被告人は右折の信号をして、道路中央寄りに徐行の上進行して、交差点内に入つて右折したところ、米沢車の違法な運転により本件の事故を発生するに至らしめたことが明白であるに拘らず被告人の注意義務違反によるものと判断した原判決は前記判例の趣旨に反するものといわざるを得ない。

第三点 原判決は判決に影響すべき重大な事実の誤認があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反することを認める事由がある。

この点については前記第一点で詳述したように原判決には明らかに事実の誤認があり、その誤認に基き被告人を有罪とした原判決は著しく正義に反するものであるが、尚附言すればそもそも道路交通法第七〇条はいうまでもなく、きわめて抽象的総括的な安全運転義務を規定したものであつて、具体的義務規定では、まかないきれないところを補充する意味で設けられたものである。しかしそれゆえに、拡大して解釈されるおそれがある。立法当初、衆、参両院において安全運転の一般原則に関する規準の設定を付帯決議として要望したことでも自明の理である。従つてそれだけに厳格慎重な解釈適用が望まれるわけであつて、この点十分御考慮の上御裁判願いたく上申する次第である。       以上

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